『21世紀の資本』で日本があまり「触れられていない」理由

『21世紀の資本』訳者解説――ピケティは何を語っているのか / 山形浩生×飯田泰之 | SYNODOS -シノドス-

上掲の記事中に「『21世紀の資本』では、日本のことにほとんど触れられていません」との指摘がある。

wc_countriesRef. Textual analysis on “Capital in the Twenty-First Century” – It works!

この点について客観的に述べるためにスクリプトで数え上げてみたのだが、『21世紀の資本』がよく言及するのはフランス、アメリカ、イギリスであり、そこから離れてドイツ、日本と続く。

つまり、日本は5番目に多く文中で言及されていたわけだが、これを多いとするか少ないとするかは読者の捉え方次第である。「GDP大国なのだから本来ならばもっと触れられてよいはず」と考えるひとにとって物足りない言及回数であろう。

同書を未読である人のために補足すると、同書は18世紀からのデータを扱っており(それがピケティの仕事が評価される一つの大きな理由でもある)、長い期間を扱っているためイギリスやフランスといった旧帝国主義国の登場が多い。

ピケティ博士の出身国であり有力な帝国であったフランス、次いで2度の世界大戦を経て巨大国家へと成り上がったアメリカ。3番目にはフランスをしのぐ国勢を誇った大英帝国時代を背景とするイギリス、そして4番目にEU最大の経済規模を誇るドイツ。日本は、これらの4カ国に次いで日本への言及数が多かったのである(今回は単純なワードの数え上げだったためドイツを下回ったが、文意としては私は日本はドイツよりは多く触れられていたような印象を受けた)。

むろん、記事中で飯田氏が紹介している「日本型の格差」も興味深いことには違いないが、例えその点に本文中で触れたとしても「世界で最も平等である日本やベルギーですらも、トップ10%あるいはトップ1%への資本の集中の範囲外ではない」という文脈にすぎないのだから、記事中の反応は日本人として寂しいという意見にすぎない。

つまり、わざわざ日本が触れられていないのは、ユーロ圏やアメリカから得られた結論からは大きく外れず、それらの理論が援用できるからに他ならない。

「日本特殊論」には逃げられず、あくまで世界の趨勢に正面から向き合っていかなくてはならないのである。

21世紀の資本

Author: @i05

A Tokyo based software developer, a grad student belongs to a security lab at JAIST, and a husband of my mrs.