プログラミング経験者は斜に構えている場合ではない

プログラミング教育について。

日本語が誇るハッカーであり、またIT政策について国会の委員会で助言する立場であもあるMatzからの問題提起だけあって重みがある。

僕たちプログラミング経験者は、自分が受けた恩恵を未来の世代に還元していくことができる立場にいるのに、プログラミング教育にどこか他人事になってしまっていないだろうか。

こんなことを言うのも、「小学校でのプログラミングの授業案」を読んで、自分の姿勢を反省したからである。この記事では実践的にプログラミング教育方法について考えていて、外野から茶化してばかりだった自分を恥じた。

確かに海外ガーという言説の裏には観測範囲の問題もあるだろう。Matzが見ているであろう「海外」の人と、日本の人とじゃ、前提とする発信先が全然違いそうだもの。世界的に影響力のある人は想定する発信先も広く、科学などより普遍的な価値を重視しがちで、プログラミング教育を肯定的に捉えがちなのもうなずける話ではある。

ただ、仮にじゃあその見立てが正しかったとしても、その現状は変えなくていいというわけではない。今はまだ、少なからず言語の壁があるが、将来の世代はより激しい競争にさらされるに違いないのだから。

プログラミング経験者として、プログラミング教育に対して皮肉な態度をとっている場合ではないと思ったという話でした。

Author: @i05

A Tokyo based software developer, a grad student belongs to a security lab at JAIST, and a husband of my mrs.